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なぜ今、「権利のための日本語」が必要なのか

なぜ今、「権利のための日本語」が必要なのか

――外国人学習者が、自他の権利義務を理解し、必要な支援につながるための日本語教育――

本稿は、特定のサービスの案内ではなく、日本語教育関係者、外国人支援に関わる方、企業・自治体で外国人と接する方に向けて、日本語教育・外国人支援・多文化共生に関する問題提起として、「権利のための日本語」という概念を暫定的に整理するものです。

日本語教育というと、多くの場合、「進学のための日本語」「就職のための日本語」「生活のための日本語」がイメージされます。

もちろん、これらは非常に重要です。学校で学ぶための日本語、職場で働くための日本語、地域で生活するための日本語は、日本で暮らす外国人にとって欠かすことができません。

しかし、私はもう一つ、これからの日本語教育において重要になる視点があると考えています。

それは、外国人学習者が日本社会で生活し、学び、働く中で、自分と他者の権利義務を理解し、自他を尊重しながら必要な確認・相談・対話を行い、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、対話だけでは解決できない場合には法的保護や専門的支援につながるための日本語です。

私は、このような日本語教育を、暫定的に「権利のための日本語」として整理できるのではないかと考えています。

「権利のための日本語」とは何か

ここでいう「権利のための日本語」は、たんに自分の権利を強く主張するための日本語ではありません。

また、法律用語を暗記するための日本語でもありません。

むしろ、困ったときに黙って我慢するのでも、感情的に衝突するのでもなく、必要な情報を得て、事実を整理し、相手に配慮しながら、確認・相談・対話を行い、必要な場合には自分の権利を適切に主張するための日本語です。

ここでいう「権利を主張する」とは、相手を攻撃したり、一方的に要求したりすることではありません。

自分と相手の権利義務を理解したうえで、自分の状況、困っていること、確認したいこと、必要な配慮や支援を、相手を尊重しながら伝えることです。

現時点では、「権利のための日本語」には、少なくとも次の3つの要素があると考えています。

  • 自他の権利義務を知るための日本語
  • 自他を尊重しながら、自分の権利を適切に主張し、必要なことを伝えるための日本語
  • 対話だけでは解決できない場合に、法的保護や専門的支援につながるための日本語

つまり、「権利のための日本語」は、自分の権利だけを一方的に主張するための日本語ではありません。

自分と相手の権利義務を理解し、相手を尊重しながら必要な確認・相談・対話を行い、それでも解決が難しい場合には、適切な相談先や専門家につながるための日本語です。

さらに、「権利のための日本語」には、その場で不用意に同意・署名・返答をしないための日本語も含まれます。

たとえば、「確認してから返答したいです」「学校や支援者に相談してから答えたいです」「専門家に確認したいです」と伝え、いったん判断を保留する力です。

これは、対話を拒否するためのものではありません。不利な状況で孤立したまま判断したり、十分に理解しないまま同意したりすることを避けるための、権利保持の方略です。

また、後で相談できるように、何が、いつ、どこで、誰との間で起きたのかを記録する力も重要です。最初から正確な日本語で記録する必要はありません。母語でメモし、必要に応じて日本語で説明できるように整理することも、「権利のための日本語」の重要な一部です。

しかし同時に、「権利を主張する」という言葉を避けすぎることも適切ではありません。正当な権利主張は、自己の権利を守るために必要な行為だからです。

大切なのは、権利主張を隠すことではなく、自他を尊重した正当な権利主張として位置づけることです。

権利は、自然に守られるものではない

権利は、ただそこに存在していれば、自然に守られるというものではありません。

この点を考えるうえで示唆的なのが、ドイツの法学者ルドルフ・フォン・イェーリングの『権利のための闘争』です。

イェーリングは、権利を、たんに制度として存在していれば足りるものではなく、不正や侵害に対して保持され、実現されるべきものとして論じました。

もっとも、ここでいう「闘争」を、攻撃的な対立や一方的な要求として理解する必要はありません。

権利を保持するためには、自分にどのような権利義務が関係しているのかを知り、必要な情報を集め、相手に確認し、理由を尋ね、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、支援につながる力が必要です。

しかし、日本語能力や制度理解が十分でない外国人は、その努力をしようとしても、十分な手段を持たない状態に置かれやすいと言えます。

契約書を読めない。給与明細の意味が分からない。通知文の重要性に気づけない。相手に理由を確認できない。相談先を探せない。自分の状況を説明できない。証拠となる資料を整理できない。

そのような状態では、権利を持っていても、それを現実に保持することは難しくなります。

だからこそ、「権利のための日本語」が必要になります。

これは、外国人に対して「自分で何とかしなさい」と求めるための日本語ではありません。権利を保持するための努力が現実に可能になるように、情報理解、確認、相談、対話、正当な権利主張、専門的支援への接続を支える日本語です。

外国人は、すでに日本社会の一員になっている

日本に住む外国人は、年々増加しています。

出入国在留管理庁によれば、令和7年末の在留外国人数は412万5,395人となり、初めて400万人を超え、過去最高を更新しました。

また、厚生労働省によれば、令和7年10月末時点の外国人労働者数は257万1,037人で、こちらも届出が義務化された平成19年以降、過去最多となっています。

外国人は、もはや「一時的に日本に滞在する人」だけではありません。地域で生活し、働き、学校で学び、家族を持ち、医療機関を利用し、住宅を借り、地域社会の中で暮らす存在です。

そのため、日本語教育に求められる役割も、たんに試験に合格させることや進学させることだけではなくなっています。

日本社会の中で、学習者が自分と他者の権利義務を理解し、必要な情報を得て、自分の権利を適切に主張し、支援につながり、他者と対話しながら生きていく力を育てることも、これからの日本語教育に求められる重要な役割だと考えます。

多文化共生が問われる時代だからこそ

近年、外国人の受入れをめぐっては、労働力不足への対応や地域社会での共生が課題となる一方で、外国人に対する不安や警戒感、排外的な言説も可視化しています。

もちろん、外国人の受入れに伴う制度上・生活上の課題について、冷静に議論すること自体は必要です。しかし、その議論が、外国人を一括りにして否定的に捉えたり、不確かな情報に基づいて不安を広げたりする方向に進むなら、多文化共生社会の実現は難しくなります。

このような時代だからこそ、外国人学習者が日本社会の中で、自分に関係する情報を正確に理解し、不利益を受けたときには事実を整理して相談し、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、適切な支援につながるための日本語が重要になります。

同時に、「権利のための日本語」は、外国人が自分の権利だけを一方的に主張するための日本語ではありません。自分と他者の権利義務を理解し、相手の立場も尊重しながら、確認・相談・対話を行うための日本語です。

不利益は、日常生活の中で起こる

外国人が日本で暮らす中では、さまざまな場面で不利益や差別的な取扱いを受けることがあります。

出入国在留管理庁の「令和7年度 在留外国人に対する基礎調査」では、差別を受けた場面として、「家を探すとき」19.4%、「仕事をしているとき」17.5%、「仕事を探すとき」13.2%が挙げられています。

ここで重要なのは、これらが役所などの公的機関だけで起きている問題ではないという点です。

住まいを探すとき、アルバイトや就職先で働くとき、仕事に応募するとき。これらは、大家、不動産会社、雇用主、上司、同僚、採用担当者などとの関係で起きる問題です。

つまり、外国人の不利益は、日常生活の中の私人間関係で起きることも少なくありません。

たとえば、次のような場面が考えられます。

  • 外国人であることを理由に、部屋を借りることを断られる。
  • アルバイト先で、契約内容と違う働き方を求められる。
  • 給与明細の内容が分からないまま、賃金の控除を受け入れてしまう。
  • シフトや休みについて相談できず、無理をして働いてしまう。
  • 学校や職場で嫌なことを言われても、うまく説明できずに我慢してしまう。
  • 病院で説明を十分に理解できないまま、同意書に署名してしまう。

こうした場面では、日本語能力の不足が、単なる「不便」にとどまらず、権利侵害や不利益の受忍につながることがあります。

そして、そのような場面で必要になるのは、ただ我慢する力ではありません。事実を確認し、理由を尋ね、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、相談や支援につながる力です。

労働現場でも、言葉と権利は結びついている

外国人労働者をめぐっては、労働条件、安全衛生、賃金、ハラスメントなどの問題も指摘されています。

厚生労働省が令和6年に技能実習生を使用する事業場に対して行った監督指導では、監督指導を実施した11,355事業場のうち8,310事業場、つまり73.2%で労働基準関係法令違反が認められました。

特定技能外国人を使用する事業場についても、監督指導を実施した5,750事業場のうち4,395事業場、つまり76.4%で違反が認められています。

なお、これは監督指導の対象となった事業場に関する数字であり、すべての受入れ事業場全体の違反率を意味するものではありません。

このような問題が起きたとき、外国人本人に必要なのは、たんに日本語で雑談できる力ではありません。

契約書や給与明細の内容を確認する力、労働条件について説明を求める力、必要な場合には自分の権利を適切に主張する力、自分だけで判断することが難しい場合に学校や相談機関につながる力が必要になります。

これらは、文法や語彙の問題だけではありません。自分に関係する情報を理解し、状況を整理し、相手に理由を確認し、必要に応じて正当な権利主張を行い、必要な支援につながるための日本語です。

「生活の日本語」だけでは足りない場面がある

もちろん、「生活の日本語」は大切です。

ごみの出し方を聞く。病院で症状を伝える。役所で手続きをする。電車やバスに乗る。買い物をする。こうした日本語は、日本で生活するために必要です。

しかし、実際の生活では、もう少し複雑な場面が起こります。

たとえば、アルバイト先で急にシフトを増やされたとき。部屋の契約条件について分からないことがあるとき。学校で納得できない扱いを受けたとき。病院で説明が分からないまま同意を求められたとき。

このような場面では、「どこですか」「いくらですか」「お願いします」だけでは足りません。

理由を確認する、もう少し説明を求める、自分の理解が正しいか確認する、困っていることを相談する、その場ですぐに返事をせず確認してから答える、といった力が必要になります。

さらに、場合によっては、自分の権利や利益が損なわれていることを理解し、そのことを相手に適切に伝える力も必要になります。

これは、相手と対立するためではありません。自分の生活を守り、相手との関係を壊さず、適切な解決につなげるためです。

さらに重要なのは、困ったことが起きた後に説明する力だけではありません。

そもそも、どこに相談できるのか、どのような制度があるのか、自分にどのような選択肢があるのかを知るための日本語も必要です。

学校からのお知らせ、雇用契約書、給与明細、住居の契約書、病院の説明書、行政機関や相談窓口の案内などを読み、自分に関係する情報を探し出す力です。

情報にアクセスできなければ、相談することも、確認することも、権利を主張することも、支援につながることも難しくなります。

アサーションとの関係

「権利のための日本語」は、アサーションの考え方とも関係します。

アサーションは、一般に、自分も相手も尊重しながら、自分の考えや気持ち、必要なことを率直に伝えるコミュニケーションとして説明されます。

この考え方は、「権利のための日本語」にとって重要です。

なぜなら、「権利のための日本語」は、相手を責めたり、対立をあおったりするための日本語ではないからです。

困ったときに黙って我慢するのでも、感情的に衝突するのでもなく、自分の状況を整理し、相手の立場にも配慮しながら、必要な確認・相談・対話を行うことが大切です。

正当な権利主張は、わがままや攻撃ではありません。自分と相手を対等な存在として尊重しながら、必要なことを言葉にする行為です。

たとえば、次のような表現です。

確認したいことがあります。
この点について、もう少し説明していただけますか。
私の理解が合っているか、確認させてください。
困っていることがあるので、相談させていただけますか。
私の状況を説明してもよろしいでしょうか。
すぐに判断するのが難しいため、確認してからお返事してもよろしいでしょうか。
自分だけでは判断できないため、専門家に確認してから返答したいです。

このように、「権利のための日本語」は、単なる権利主張ではありません。

しかし同時に、権利主張を避ける日本語でもありません。

自他を尊重しながら、自分の権利・利益・必要を適切に伝える日本語です。

記録し、相談につなげる日本語

「権利のための日本語」では、話す力だけでなく、記録する力も重要です。

困ったことが起きたとき、後で相談しようとしても、いつ、どこで、誰が、何を言ったのか、どの書類が関係するのかが分からなくなることがあります。

そのため、次のような情報を整理しておくことが大切です。

  • いつ起きたのか。
  • どこで起きたのか。
  • 誰との間で起きたのか。
  • どのような説明を受けたのか。
  • どのような書類、メッセージ、給与明細、通知文などがあるのか。
  • 自分は何に困っているのか。
  • 何を確認したいのか。

この記録は、必ずしも最初から日本語で書く必要はありません。学習者の日本語レベルや状況によっては、母語でメモし、必要に応じて日本語のキーワードや短い文に整理していくことも重要です。

日本語教育の役割は、学習者に法律判断をさせることではありません。学習者が自分の状況を失わずに記録し、必要な場面で相談先に伝えられるよう支えることです。

対話だけでは解決できない場合もある

一方で、すべての問題が対話だけで解決するわけではありません。

契約、労働条件、賃金、住居、医療、在留手続、ハラスメントなどの問題では、本人だけで対応することが難しい場合があります。

そのような場合には、学校、行政機関、労働基準監督署、相談窓口、支援団体、弁護士、行政書士、社会保険労務士など、適切な機関や専門家につながることが必要になることもあります。

そのためには、次のような日本語も重要です。

  • 何が起きたのかを時系列で説明する日本語。
  • 契約書、給与明細、通知文などの内容を示して相談する日本語。
  • どこに相談すればよいか尋ねる日本語。
  • 通訳や第三者の同席を求める日本語。
  • 自分では判断できないので、専門家に確認したいと伝える日本語。

ここに、「権利のための日本語」の重要な特徴があります。

つまり、「権利のための日本語」は、たんに対話をうまくするための日本語ではありません。

対話を大切にしながらも、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、対話だけでは解決できない場合には、法的保護や専門的支援につながるための日本語でもあります。

法律相談や法律教育そのものではない

ここで注意しなければならないのは、「権利のための日本語」は、法律相談や法律教育そのものではないということです。

日本語教師が、個別具体的な法律判断を行うものではありません。

また、学習者に法律の専門知識を網羅的に教えるものでもありません。

日本語教育が担うべき中心は、学習者が必要な情報を理解し、分からない点を確認し、自分の状況を説明し、必要な場合には適切な相談先や専門家につながるための日本語能力を育てることです。

個別具体的な法律判断が必要な場合には、弁護士、行政書士、社会保険労務士、行政機関、相談窓口など、適切な専門家や機関につなぐ必要があります。

この点を明確にしておかなければ、「権利のための日本語」は、日本語教育の範囲を超えて法律判断まで教えるものだと誤解されるおそれがあります。

しかし、本来の趣旨はそうではありません。

「権利のための日本語」は、法律専門家ではない学習者が、自分に関係する情報を理解し、分からない点を確認し、その場で不用意に同意・署名・返答をせず、事実を記録し、必要に応じて相談窓口や専門家につながるための日本語です。

language access と access to justice の視点

「権利のための日本語」は、language access や access to justice の視点とも関係します。

language access は、言語の壁によって行政、医療、教育、司法、福祉などのサービスにアクセスできない状態を解消しようとする考え方です。

access to justice は、法律上の権利や救済制度が存在するだけでなく、それらに実際にアクセスできることを重視する考え方です。

権利が制度上存在していても、その内容を知らない、相談先を知らない、手続が分からない、費用や言語の壁がある、事実や資料を整理できないという場合には、権利は現実には行使されにくくなります。

「権利のための日本語」は、この2つの視点の接点に位置づけることができます。

外国人学習者が日本社会で不利益を受け得る場面で、必要な情報を理解し、確認し、保留し、記録し、相談先につながることができるようにする日本語教育は、言語的アクセスを通じて、権利救済へのアクセスを支えるものだと考えられます。

認定日本語教育機関制度との関係

令和6年4月から、認定日本語教育機関制度が始まりました。この制度では、日本語教育機関の認定は、日本語学習の目的に応じて、「留学」「就労」「生活」という分野ごとに行われるものとされています。

また、「日本語教育の参照枠」では、生活・就労・留学等の分野別の能力記述文、いわゆるCan-doの開発により、生活者、就労者、留学生等に対する具体的かつ効果的な教育・評価が可能になるとされています。

この流れの中で考えると、「権利のための日本語」は、既存の制度と対立するものではありません。

むしろ、「留学」「就労」「生活」の各分野を横断する重要な視点として位置づけることができます。

留学生であっても、アルバイトをします。就労者であっても、地域で生活します。生活者であっても、学校、病院、職場、役所、住宅契約など、さまざまな場面で日本語を使います。

そのため、分野を問わず、外国人には「自分に関係する情報を得て、内容を理解し、状況を説明し、理由を確認し、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、相談につながる日本語」が必要になります。

日本語教育に求められる視点

日本語教育は、外国人に日本社会への一方的な適応を求めるためだけのものではないはずです。

外国人学習者が、日本社会の中で、自分と他者の権利義務を理解し、必要なときに相談し、相手と対話し、必要な場合には自分の権利を適切に主張し、必要な支援につながることができるようにすることも、日本語教育が担い得る公共的な役割だと考えます。

その意味で、「権利のための日本語」は、生活日本語、就労日本語、進学のための日本語、やさしい日本語などと対立するものではありません。

むしろ、それらを補完し、権利義務の理解、確認・相談・対話、正当な権利主張、保留・退避の方略、記録化、法的保護や専門的支援への接続という視点を加えるものです。

まとめ

日本に住む外国人は増え続けています。外国人は、もはや一時的な滞在者ではなく、地域社会で暮らし、働き、学び、将来を築く存在です。

その一方で、住宅、職場、学校、医療、地域社会などの場面で、言葉の壁や制度理解の不足により、不利益を受けることがあります。

そのとき必要なのは、たんに日本語であいさつができる力ではありません。

  • 自分に関係する権利義務や制度、相談先について情報を得る力。
  • 通知、契約書、給与明細、案内文などから必要な情報を読み取る力。
  • 分からないことを質問する力。
  • 自分の状況を説明する力。
  • 理由を確認する力。
  • 困ったことを相談する力。
  • 相手に配慮しながら、自分の希望や不安を伝える力。
  • その場で不用意に同意・署名・返答をせず、確認してから答える力。
  • 何が起きたのかを記録し、後で相談できるように整理する力。
  • 必要な場合には、自分の権利を適切に主張する力。
  • 必要な支援につながる力。

これらを育てる日本語教育が、「権利のための日本語」です。

「権利を主張する」という言葉には、時に強い印象があります。

しかし、正当な権利主張は、社会の中で自分を守り、他者と対等に関わるために必要な行為です。

大切なのは、権利主張を避けることではありません。

自他を尊重しながら、必要な情報を確認し、相談し、対話し、必要な場合には自分の権利を適切に主張できるようにすることです。

この概念は、まだ暫定的なものです。今後、アサーション、多文化共生、language access、access to justice、日本語教育の参照枠などとの関係を整理しながら、さらに検討していきたいと考えています。

PDF版の暫定試論について

本稿より詳しい内容について、参考文献や理論的背景、教育実践への展開可能性を含めたPDF版の暫定試論として整理しました。

PDF版では、「権利のための日本語」の暫定的定義、イェーリング『権利のための闘争』との関係、アサーション、language access、access to justice、法学の専門日本語教育との違い、日本語教育における位置づけ、教育実践上の留意点などを整理しています。

これは完成された理論ではなく、日本語教育・外国人支援・多文化共生に関する問題提起として作成した暫定試論です。教育実践や研究、支援現場での議論のための一つのたたき台としてご覧いただければ幸いです。

ご関心のある方は、以下のPDFもご覧ください。

PDF「『権利のための日本語』という概念の試論 Ver0.5.4.4」を読む

PDF「『権利のための日本語』という概念の試論 Ver.0.1」はこちら

参考資料

  • 出入国在留管理庁「令和7年末現在における在留外国人数について」
  • 厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ 令和7年10月末時点」
  • 出入国在留管理庁「令和7年度 在留外国人に対する基礎調査」
  • 厚生労働省「外国人技能実習生又は特定技能外国人を使用する事業場に対して行った令和6年の監督指導、送検等の状況」
  • 文部科学省「認定日本語教育機関について」
  • 文部科学省「認定日本語教育機関の認定申請等の手引き」
  • 文化庁「『日本語教育の参照枠』報告」
  • 文化庁「生活Can do」関連資料
  • Rudolf von Jhering, Der Kampf um’s Recht, Wien: Manz, 1872.
  • Robert E. Alberti and Michael L. Emmons, Your Perfect Right: Assertiveness and Equality in Your Life and Relationships, 9th ed., Impact Publishers, 2008.
  • 平木典子『三訂版 アサーション・トレーニング――さわやかな〈自己表現〉のために』日本・精神技術研究所発行、金子書房発売、2021年
  • U.S. Department of Justice, Language Access Plan, 2023.
  • OECD, Recommendation of the Council on Access to Justice and People-Centred Justice Systems, 2023.
  • OECD, Toolkit for Access to Justice and People-Centred Justice Systems, 2025.

※ウェブ上で参照した資料については、いずれも2026年6月15日閲覧。

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